ランチタイム。限られた時間の中、社員食堂に駆け込む。目の前には、「日替わりA(唐揚げ定食)」と「日替わりB(野菜たっぷり健康定食)」。
「野菜を摂るべきなのは、分かっている。でも、午後の仕事のためにも、ガツンと食べたい…」
多くの社員が、こうした無言の闘いを毎日繰り広げています。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」では、成人の1日の野菜摂取量は目標とされる350gに多くの年代で達しておらず、特に働き盛り世代の食生活の乱れが指摘されています。しかし、これは単に個人の健康意識の低さだけが原因ではありません。忙しさによる**「認知的な負荷(考える余裕のなさ)」**が、手軽で満足感の高そうな、しかし栄養的には偏った選択へと私たちを導いてしまうのです。
そこで有効なのが、意思の力に頼るのではなく、**無意識の選択をデザインする「食のナッジ」**です。この記事では、Google社などの先進事例を基に、社員食堂やオフィスの食環境を少し変えるだけで、従業員が自然と健康的な食事を選んでしまう、3つの強力な仕掛けを解説します。
行動経済学では、人が選択を行う環境そのものを**「選択アーキテクチャー」**と呼びます。特に、時間に追われている時ほど、人は最初に提示された選択肢や、最も目立つ選択肢に強く影響されます。
この原理を徹底的に活用しているのがGoogleの社員食堂です。同社はデータ分析に基づき、サラダバーを食堂の入り口すぐの一番目立つ場所に配置し、飲料コーナーでは水のボトルを目線の高さに、糖分の多いジュース類を足元に近い見えにくい場所に置きました。その結果、サラダの摂取量は増え、飲料からの糖分摂取量は大幅に減少したと報告されています。これは、健康的な選択肢に物理的に「出会いやすく」するだけで、行動が劇的に変わることを証明しています。
「健康」「ヘルシー」「低カロリー」といった言葉は、一見すると健康意識を高めそうですが、人によっては「美味しくなさそう」「我慢を強いる」というネガティブな印象を与えかねません。
スタンフォード大学の研究では、同じ野菜料理でも「低脂肪」と表示するより**「じっくりローストして風味豊か」**のように、味や食感を強調する官能的な名前を付けた方が、選択率が最大で41%も向上したという結果が出ています。これは、健康という「理性」に訴えるより、美味しいものを食べたいという「感情」に訴えかける方が、人の行動に強く影響を与えることを示しています。
行動デザインにおいて、最も強力な仕掛けの一つが**「デフォルト設定」**です。人は、わざわざ選択肢を変更することを「面倒」と感じるため、多くの場合、最初に設定されているもの(デフォルト)をそのまま受け入れます。
この心理を利用し、「何もしなければ、自動的に健康的な選択になる」ように仕組みをデザインするのです。例えば、ある企業では社員食堂の定食のご飯の量を、これまでの「普通盛り」から「小盛り」をデフォルトに変更しました。もちろん、希望すれば無料で普通盛りや大盛りにできます。しかし、わざわざ「普通盛りで」と申告する人は想定より少なく、結果として事業所全体のコメの消費量、つまり過剰なカロリー摂取を自然に抑制することに成功しました。
従業員の食生活を改善するのは、個人の意識改革だけに頼るのではなく、健康的な選択が最も簡単で、最も魅力的に見える「環境」を整えることが鍵です。
ウェルネスドアは、行動科学の知見に基づき、貴社の食環境改善をはじめとする、効果的な健康経営施策をご提案します。
監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態や病状に応じた食事については、必ずかかりつけの医師や管理栄養士にご相談ください。
【主な情報源】
・厚生労働省「国民健康・栄養調査」
・Google re:Work "Nudging employees toward better food choices"
・Stanford University "How to get people to eat more vegetables" (World Resources Institute)