【未来予測・詳細版】福利厚生の時代は終わる。データが示す、これからの「健康経営」4つの新潮流

監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学

この記事のポイント

  • 健康経営は「コスト」から、企業価値を創造する「戦略的投資」へ完全に移行した。
  • 今後はAIなどを活用し、従業員一人ひとりに最適化された健康支援(個別最適化)が本格化する。
  • 投資対効果(ROI)の算出が必須となり、「健康資本経営」の視点で具体的な成果が問われる時代になる。
  • メンタルヘルス対策はさらに重要視され、「心理的安全性」が健康経営の中核指標となる。
  • 自社だけでなく、サプライチェーン全体を巻き込む「共創型健康経営」が新たなスタンダードになる。

「健康経営」という言葉が浸透して久しいですが、その概念は今、大きな変革期を迎えています。かつて「従業員のための福利厚生」と捉えられていた健康施策は、もはや企業の未来を左右する「戦略的投資」そのものへと進化を遂げました。

本記事では、経済産業省や企業の調査データを多角的に分析し、そこから見えてきた「これからの健康経営」が向かう未来を、4つの新潮流として詳細に予測・解説します。

予測1:健康経営3.0 - 「個別最適化(パーソナライゼーション)」の本格化

これまでの健康経営が、全社員に一律の健康プログラムを提供する「Ver.1.0」、データに基づき部署や年代別の課題に対応する「Ver.2.0」だとすれば、次に来るのは従業員一人ひとりの状態に最適化された「Ver.3.0」です。

このシフトを強力に後押しするのが、これまで見過ごされがちだった「個人ごと」の課題が持つ経営インパクトの可視化です。経済産業省の試算では、月経随伴症による労働損失(パフォーマンス低下・欠勤)だけで年間約4,900億円、更年期症状も含めるとさらに大きな経済損失が生じていることが明らかになりました。これは、画一的な健康施策ではすくい取れない、よりパーソナルな課題への介入が、企業の生産性維持に不可欠であることを示唆しています。

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の観点からも、性別、年齢、ライフステージ、価値観に応じた多角的なサポートが求められており、「個別最適化」は時代の必然と言えるでしょう。

未来像:
今後は、健康診断結果やストレスチェック、ウェアラブルデバイスから得られる日々の活動データをAIが統合的に分析。従業員一人ひとりに対し、「あなたの睡眠パターンには、夕食後のカフェインを控えるのが効果的です」「今週の活動量なら、週末はこのフィットネスプログラムがおすすめです」といった形で、具体的で実行可能な健康アクションをリコメンドするのが当たり前になります。企業は、オンラインカウンセリング、食事改善アプリ、不妊治療サポート、介護相談窓口など多様な選択肢を用意し、従業員が自律的に自身のウェルビーイングをデザインできるプラットフォームを整備することが、新たな責務となるでしょう。

予測2:「健康資本経営」とROI(投資対効果)の可視化競争

「人的資本経営」という言葉と同様に、従業員の健康を「資本」として捉え、その価値を最大化する「健康資本経営」という考え方が主流になります。これは、健康施策を単なるコストではなく、明確なリターンを生む「投資」として経営判断に組み込むことを意味します。

「健康経営銘柄2024レポート」によれば、選定企業では8割以上が健康経営を「企業の成長戦略」や「ESGの一環」として投資家へ説明しています。さらに重要なのは、具体的なパフォーマンス指標(KPI)の開示状況です。アブセンティーイズム(病欠)やプレゼンティーイズム(出勤しているが生産性が低下している状態)といった指標の開示率は、銘柄選定企業と一般回答法人との間で大きな差があり、投資家が「成果を数字で語れる企業」を評価していることが鮮明になっています。

未来像:
今後は「健康関連施策に年間いくら投資し、その結果、プレゼンティーイズム損失額が何億円減少し、従業員エンゲージメントが何%向上、離職率が何%低下したか」というROI(投資対効果)を具体的に算出・開示することがスタンダードになります。健康投資のROIを開示できない企業は、投資家から「経営戦略が描けていない」と評価されかねません。この流れは、健康経営の効果を精緻に測定・分析する新たなサービス市場の拡大も促すでしょう。

予測3:「心理的安全性」が健康経営の中核指標となる

身体的な健康施策は当然のこととして、今後は従業員が精神的に安心して、自分らしく働ける環境、すなわち「心理的安全性」の確保が健康経営の最も重要なテーマとなります。

「中小企業取り組み事例集」で紹介されているサンクスカードや個人面談といった施策は、単なる「仲良しクラブ」を作るのが目的ではありません。これらは、従業員が「この職場では、自分の意見を言っても大丈夫だ」「困ったときには助けを求められる」と感じられる文化を醸成するための、戦略的な一手です。「健康経営度調査」でも、多くの企業がコミュニケーション活性化やメンタルヘルス対策を重要課題として挙げており、その根幹には心理的安全性の確保という狙いがあります。生産性の向上と心理的安全性の高さには、強い相関関係があることが数々の調査で明らかになっています。

未来像:
健康経営の評価は、「ストレスチェックの受検率」といった形式的な指標から、「上司に気兼ねなく相談できるか」「失敗を恐れずに挑戦できる文化があるか」「建設的な意見対立が歓迎されるか」といった、心理的安全性を測る指標にシフトします。管理職の評価項目にも「部下の心身の健康への配慮」や「心理的安全性を高めるチーム運営」が組み込まれ、1on1ミーティングは業務進捗の確認だけでなく、従業員のウェルビーイングを確認し、キャリア自律を支援する重要な場として再定義されます。「健康経営」と「良い組織文化の醸成」は、ほぼ同義の活動として統合されていくでしょう。

予測4:サプライチェーン全体を巻き込む「共創型健康経営」

大企業が自社内だけで健康経営を完結させるのではなく、取引先である中小企業をも巻き込み、サプライチェーン全体で健康レベルと生産性を向上させる動きが加速します。

SDGsやESG投資の潮流において、企業は自社だけでなくサプライチェーン全体における人権や労働環境への配慮を求められています。この流れは当然、従業員の健康や安全にも及びます。大企業にとって、重要な部品を供給してくれる取引先の従業員が健康でなければ、自社の製品・サービスの安定供給が脅かされるリスクとなります。つまり、取引先の健康経営支援は、慈善活動ではなく、**自社の事業継続性を高めるための重要なリスクマネジメント**なのです。

未来像:
大企業が、自社で実践している健康経営のノウハウ(セミナーコンテンツ、管理ツールなど)を取引先に無償または安価で提供したり、合同で健康イベントを開催したりする事例が増えるでしょう。将来的には、新規の取引先を選定する基準に「健康経営優良法人の認定取得」や「サプライヤー行動規範への準拠」といった項目が加わることも考えられます。これにより、日本の企業社会全体の持続可能性とレジリエンス(強靭性)を高める「共創型健康経営」が新たなスタンダードとなります。

変化の時代を勝ち抜く、次世代の健康経営へ

ウェルネスドアは、最新のデータと専門的知見に基づき、貴社の未来を創造する健康経営戦略をデザインします。
戦略策定から具体的な施策の実行、効果測定まで、一気通貫でサポートいたします。

【本分析の背景となった主な資料】
・経済産業省「健康経営銘柄2024 選定企業紹介レポート」
・経済産業省「健康経営度調査結果(result2024.xlsx)」
・経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」
・経済産業省「健康経営優良法人2022(中小規模法人部門)認定法人取り組み事例集」