なぜ社員は階段を使わないのか?行動デザインで「つい歩きたくなる」職場を作る3つの仕掛け

この記事のポイント

  • 人間の脳は「楽な選択」を好むため、「頑張ろう」という呼びかけだけでは行動は変わらない。
  • 「楽しさ」「すぐ得られる報酬」「皆もやっている」という3つの心理的スイッチが、無意識の行動を促す鍵となる。
  • 大きなコストをかけず、ポスターやオフィスのレイアウトを少し工夫するだけで、社員が自然と動き出す職場は作れる。

オフィスにて。目の前には、エレベーターと階段。

「健康のために階段が良いのは、分かっている。でも、ついエレベーターのボタンを押してしまう…」

多くのビジネスパーソンが、日々こんな小さな葛藤を繰り返しているのではないでしょうか。厚生労働省の調査によれば、1日の平均歩数は年々減少傾向にあり、特にデスクワーク中心の働き手は深刻な運動不足に陥りがちです。これは、単に個人の意思の問題ではありません。私たちの脳が、無意識のうちにエネルギー消費の少ない「楽な選択」をするようにプログラムされているからです。

この記事では、「頑張れ」という精神論に頼るのではなく、人間の心理や習性を逆手にとる**「行動デザイン(ナッジ)」**のアプローチを用いて、社員が無理なく、自然と「歩きたくなる」「動き出したくなる」職場を作るための、低コストな3つの仕掛けを、国内外の事例を交えて専門家の視点から解説します。

仕掛け1:退屈な「移動」を、楽しい「体験」に変える

行動を促す最も強い動機付けの一つは**「楽しさ(Fun)」**です。この力を証明した世界的に有名な事例が、スウェーデン・ストックホルムの地下鉄駅に設置された「ピアノの階段」です。

階段をピアノの鍵盤そっくりにデザインし、一段上るごとに音が鳴るようにしたところ、隣にあるエスカレーターを使う人が激減。実に66%もの人が、楽しんで階段を選ぶようになったのです。これは「The Fun Theory(楽しさの理論)」と呼ばれ、退屈な義務を魅力的なゲームに変えることで、人々の行動を劇的に変えられることを示しました。

【明日からできる実践アイデア】

  • 階段アートコンテスト:従業員やその家族が描いた絵を階段の壁に飾り、殺風景な空間をギャラリーに変える。
  • BGMを流す:階段の踊り場にスピーカーを設置し、アップテンポな音楽を流して気分を盛り上げる。

仕掛け2:遠い「健康」より、今得られる「報酬」を見せる

人間は、「将来の大きな利益」よりも「目の前の小さな利益」を優先する心理**(現在志向バイアス)**を持っています。「階段を上れば、10年後の健康につながる」と言われるより、「この一段で、今〇〇kcal消費した」と実感できる方が、行動のモチベーションになります。

WHO(世界保健機関)も推奨する身体活動量を達成するためには、こうした「即時フィードバック」が極めて有効です。階段の各所に、消費カロリーや健康効果に関する具体的な情報を掲示することで、「退屈な移動」が「成果の見えるトレーニング」に変わります。

【明日からできる実践アイデア】

  • 消費カロリーの表示:「このフロアまでで〇kcal消費!(ごはん軽く1杯分)」など、身近な食べ物と比較して分かりやすく示す。
  • 目標達成のゲーミフィケーション:「あと〇段で富士山の五合目に到達!」「日本一周ウォーク、現在〇〇県!」といったポスターで、ゲーム感覚の目標を設定する。

仕掛け3:「みんながやっている」という最強の動機付け

人間は社会的な生き物であり、周囲の人々の行動に強く影響されます。これを**「社会的証明(Social Proof)」**の原理と呼びます。「健康のために階段を使いましょう」と呼びかけるよりも、「営業部の8割が、毎日階段を利用しています」と伝える方が、人の心を動かす力は遥かに大きいのです。

特に日本企業においては、同調性が強く働く傾向があるため、この「みんなもやっている」という雰囲気の醸成は非常に効果的です。エレベーターホールなど、誰もが目にする場所に、ポジティブな集団の動きを「見える化」することが鍵となります。

【明日からできる実践アイデア】

  • ランキングの掲示:部署対抗の「階段利用率ランキング」を作成し、エレベーターホールに掲示する。
  • リーダーの率先垂範:役員や管理職が積極的に階段を使う姿を見せる、または社内報などでその様子を発信する。リーダーの行動は、最も強力なメッセージとなります。

小さな「仕掛け」が、大きな文化を作る

社員の健康行動を促すのに、必ずしも大きな予算は必要ありません。
人間の心理を少しだけ後押しする「知恵と工夫」が、やがて組織全体の健康文化を醸成します。
ウェルネスドアは、行動デザインの知見に基づき、貴社に最適な健康経営プランをご提案します。

監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学

【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態に応じた運動については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。

【主な情報源】
・厚生労働省 e-ヘルスネット「身体活動・運動」「座位行動」
・世界保健機関(WHO)「身体活動に関する世界行動計画 2018-2030」
・The Fun Theory by Volkswagen (Piano Staircase Initiative)