オフィスにて。目の前には、エレベーターと階段。
「健康のために階段が良いのは、分かっている。でも、ついエレベーターのボタンを押してしまう…」
多くのビジネスパーソンが、日々こんな小さな葛藤を繰り返しているのではないでしょうか。厚生労働省の調査によれば、1日の平均歩数は年々減少傾向にあり、特にデスクワーク中心の働き手は深刻な運動不足に陥りがちです。これは、単に個人の意思の問題ではありません。私たちの脳が、無意識のうちにエネルギー消費の少ない「楽な選択」をするようにプログラムされているからです。
この記事では、「頑張れ」という精神論に頼るのではなく、人間の心理や習性を逆手にとる**「行動デザイン(ナッジ)」**のアプローチを用いて、社員が無理なく、自然と「歩きたくなる」「動き出したくなる」職場を作るための、低コストな3つの仕掛けを、国内外の事例を交えて専門家の視点から解説します。
行動を促す最も強い動機付けの一つは**「楽しさ(Fun)」**です。この力を証明した世界的に有名な事例が、スウェーデン・ストックホルムの地下鉄駅に設置された「ピアノの階段」です。
階段をピアノの鍵盤そっくりにデザインし、一段上るごとに音が鳴るようにしたところ、隣にあるエスカレーターを使う人が激減。実に66%もの人が、楽しんで階段を選ぶようになったのです。これは「The Fun Theory(楽しさの理論)」と呼ばれ、退屈な義務を魅力的なゲームに変えることで、人々の行動を劇的に変えられることを示しました。
人間は、「将来の大きな利益」よりも「目の前の小さな利益」を優先する心理**(現在志向バイアス)**を持っています。「階段を上れば、10年後の健康につながる」と言われるより、「この一段で、今〇〇kcal消費した」と実感できる方が、行動のモチベーションになります。
WHO(世界保健機関)も推奨する身体活動量を達成するためには、こうした「即時フィードバック」が極めて有効です。階段の各所に、消費カロリーや健康効果に関する具体的な情報を掲示することで、「退屈な移動」が「成果の見えるトレーニング」に変わります。
人間は社会的な生き物であり、周囲の人々の行動に強く影響されます。これを**「社会的証明(Social Proof)」**の原理と呼びます。「健康のために階段を使いましょう」と呼びかけるよりも、「営業部の8割が、毎日階段を利用しています」と伝える方が、人の心を動かす力は遥かに大きいのです。
特に日本企業においては、同調性が強く働く傾向があるため、この「みんなもやっている」という雰囲気の醸成は非常に効果的です。エレベーターホールなど、誰もが目にする場所に、ポジティブな集団の動きを「見える化」することが鍵となります。
社員の健康行動を促すのに、必ずしも大きな予算は必要ありません。
人間の心理を少しだけ後押しする「知恵と工夫」が、やがて組織全体の健康文化を醸成します。
ウェルネスドアは、行動デザインの知見に基づき、貴社に最適な健康経営プランをご提案します。
監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態に応じた運動については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。
【主な情報源】
・厚生労働省 e-ヘルスネット「身体活動・運動」「座位行動」
・世界保健機関(WHO)「身体活動に関する世界行動計画 2018-2030」
・The Fun Theory by Volkswagen (Piano Staircase Initiative)