「面倒くさい」を「すぐ予約」に変える。健診受診率95%超を目指す、行動科学に基づいた通知の“書き方”

この記事のポイント

  • 健診の予約率が低いのは、従業員の健康意識の問題だけでなく、「先延ばし」にしてしまう人間の心理的特性が原因。
  • 複雑な案内文を徹底的に「簡素化」し、何をすべきか一瞬でわかるようにするだけで、行動率は大きく向上する。
  • 「みんな予約しています」「このままだと枠が埋まります」といった、人の心理を動かすメッセージが極めて有効。

健康経営の担当者にとって、年に一度の大きな課題、それは「健康診断の受診率」ではないでしょうか。

何度もリマインドメールを送り、時には未受診者に個別に声をかける。それでも、「忙しくて」「うっかり忘れていて」といった理由で、なかなか受診率が100%にならない…。そんな悩みを抱える企業は少なくありません。厚生労働省の調査でも、特定健診の受診率は依然として高いとは言えない状況です。

この問題の根源は、従業員の「面倒くさい」という気持ち、つまり**「現在志向バイアス(将来の健康という大きな利益より、目先の予約の手間を避ける心理)」**にあります。また、「自分は大丈夫だろう」という**「正常性バイアス」**も、行動を鈍らせる一因です。

本稿は、健康行動デザインシリーズの最終回です。従業員に「お願い」するのではなく、**行動科学に基づいた「通知のデザイン」**によって、心理的なハードルを下げ、つい「すぐ予約してしまう」状況を作り出すための、3つの具体的な仕掛けを解説します。

仕掛け1:「あとでやろう」の芽を摘む、徹底的な「簡素化」

人が行動を先延ばしにする最大の理由の一つは**「手続きの複雑さ」**です。案内メールが長文だったり、予約サイトの入力項目が多かったりすると、それだけで「時間がある時にやろう」と思考を停止させてしまいます。

この課題解決のヒントは、英国政府の行動科学チーム「BIT」の有名な事例にあります。彼らは、税金の督促状の文面を、専門用語だらけの長文から**「あなたが支払うべき税金は〇〇ポンドです。このサイトから支払ってください」**という、極めてシンプルな文章に書き換えました。その結果、納税率は劇的に向上しました。健診の案内も全く同じです。従業員に考えさせず、行動までの摩擦(フリクション)を限りなくゼロに近づけることが重要です。

【明日からできる実践アイデア】

  • 件名で行動を促す:「健康診断のお知らせ」ではなく「【要対応】5分で完了!健康診断のWeb予約はこちら」のように、件名だけで目的と手軽さが伝わるようにする。
  • ワンアクション・ファースト:メール本文の最初に、他の説明よりまず先に、予約サイトへの大きなボタンやリンクを配置する。

仕掛け2:人の「集団心理」と「損したくない気持ち」を味方につける

案内をシンプルにしても動かない層には、メッセージの内容そのものに、人の心を動かす心理的トリガーを盛り込みます。特に有効なのが**「社会的証明」**と**「損失回避」**です。

「社会的証明」とは、前回のコラムでも触れた「みんながやっているなら自分も」という心理です。一方、「損失回避」とは、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらが提唱した理論で、「何かを得る喜び」よりも「何かを失う痛み」を2倍以上強く感じるという人間の特性を指します。

【明日からできる実践アイデア】

  • 社会的証明の活用(メール文面):「【〇〇部】現在、部内の予約率は80%です。未予約の方は、予約締切日にご注意ください」と部署内の状況を伝える。
  • 損失回避の活用(メール文面):「ご希望の日程は早い者勝ちです。今予約しないと、人気の午前中の枠が埋まってしまう可能性があります」と、機会損失を匂わせる。

仕掛け3:小さな「約束」が、大きな行動を生み出す

人は、一度でも自ら「やります」と意思表示をすると、その後の行動に一貫性を持たせようとする**「コミットメントと一貫性」**の心理が働きます。この習性を利用し、健診を予約するという大きな行動の前に、小さなコミットメント(約束)を引き出すのです。

例えば、ある研究では、診察の予約をした患者に、予約カードを自分で書かせただけで、無断キャンセルの割合が大幅に減少したという結果があります。これは、自らの手で書くという「積極的な行動」が、無意識のうちに「予約を守る」という約束を強化したからです。大掛かりな仕組みは不要です。従業員に小さな「はい」を言わせるきっかけを作るだけで、行動は変わります。

【明日からできる実践アイデア】

  • マイクロ・コミットメントの活用:健診の案内メールに、「今年度の健康診断を受診しますか?」という簡単なアンケート機能を付け、「はい」と回答してもらう。
  • チームでの目標設定:部署の朝礼などで、上司が「今月末までに、部署の予約率100%を目指そう!」と呼びかけ、チーム全体の合意(パブリック・コミットメント)を形成する。

健康への入り口を、科学的にデザインする

健康診断は、従業員の健康を守り、企業の持続的な成長を支えるための重要な入り口です。
その受診率を高める鍵は、根性論や催促ではなく、人の心理を理解し、行動への障壁を丁寧に取り除く科学的なアプローチにあります。
ウェルネスドアは、貴社の健康課題に合わせた、効果的なコミュニケーション戦略をデザインします。

監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学

【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。健康診断の結果や個人の健康状態については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。

【主な情報源】
・厚生労働省「特定健康診査・特定保健指導の実施状況」
・The Behavioural Insights Team (BIT) "EAST: Four simple ways to apply behavioural insights"
・ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」