なぜ、あの会社は特定保健指導の参加率が高いのか?「損失回避」の心理を応用した、行動を促すコミュニケーション術

監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学

この記事のポイント

  • 特定保健指導や再検査の受診率が伸び悩む背景には、人間の「先延ばし」という強い心理的習性がある。
  • 人は「何かを得る喜び」よりも「何かを失う痛み」を2倍以上強く感じるという「損失回避」の性質を持つ。
  • この心理を応用し、メリットを伝えるより「受けないと損をする」という伝え方に変えるだけで、行動率は大きく変わる。
  • 不安を煽るだけでなく、「今なら間に合う」という具体的な救済策をセットで提示することが、行動を促す鍵となる。

「健康診断で要再検査の通知が来たが、自覚症状もないし、忙しいからまた今度でいいか…」

健康診断後の特定保健指導や再検査の案内を送っても、なかなか受診率が上がらない。これは、多くの企業が抱える共通の課題です。「健康経営度調査」においても「保健指導」は重要な評価項目であり、従業員の重症化予防は企業の医療費負担にも直結する重要なテーマです。

この「分かっているけど、行動しない」という壁を突破するために、行動経済学の強力な知見である「損失回避」の理論を活用してみませんか?この記事では、従業員の伝え方を少し変えるだけで、面倒な行動への腰を上げさせるコミュニケーションのデザイン術を解説します。

「1万円もらう喜び」より「1万円失う痛み」が人を動かす

行動経済学の第一人者ダニエル・カーネマンの研究によれば、人間は「何かを得る喜び」よりも、「同額の何かを失う痛み」の方を2倍から2.5倍も強く感じるとされています。これが「損失回避」の心理です。

これを保健指導の案内に応用してみましょう。多くの案内は、「保健指導を受けると、健康になれます」「特典としてポイントがもらえます」といった、メリットを伝える**「利得フレーム」**で書かれています。しかし、この伝え方では「今の健康を失うかもしれない」という遠い未来のリスクよりも、目先の「時間を取られる」「面倒くさい」というコストが勝ってしまい、行動に繋がりづらいのです。

保健指導の案内、こう変える。「損失回避」を応用した伝え方

では、具体的にどのように伝えればよいのでしょうか。ポイントは、**「行動しないことで失うもの」**を明確に提示することです。

ステップ1:「自分ごと化」させるデータで損失を提示する

まずは、漠然とした不安を具体的な数字で示し、「自分に関係のある損失」として認識させます。

【トーク例】
「今回の健診結果を放置した場合、あなたの年代では●%の人が5年以内に服薬治療を開始しており、将来の医療費で年間〇万円の自己負担増に繋がる可能性があります。この無料で専門家のアドバイスを受けられる権利を、このまま失ってしまってよいでしょうか?」

ステップ2:「限定された機会」であることを強調する

人は「いつでもできる」と思うと行動を先延ばしにします。「期間限定」「今回限り」という言葉で、今行動しないと機会そのものを失う、という損失感を高めます。

【トーク例】
「特定保健指導の無料サポートは、今年度の対象者である今だけの権利です。来年度以降は、同じサポートが有料になるか、もしくは提供されない可能性があります。」

ステップ3:「救い」と「具体的な次の一歩」を明確に示す

ただし、不安を煽るだけでは逆効果です。損失を伝えた後は必ず、「でも、まだ間に合います」「今なら簡単なステップで始められます」という救いのメッセージと、次に取るべき具体的なアクション(予約URL、電話番号など)を分かりやすく提示し、すぐに行動に移せるよう背中を押してあげることが重要です。

「正しい知識」だけでは、人は動かない

従業員の健康を守るためには、健康情報を提供するだけでなく、人間が持つ心理的な「クセ」を理解し、行動へと導くコミュニケーションをデザインすることが不可欠です。
ウェルネスドアは、行動科学に基づいたコミュニケーション戦略の策定を通じて、貴社の健康施策の参加率と効果を最大化するお手伝いをします。

【主な情報源】
・経済産業省「健康経営度調査結果(result2024.xlsx)」