転ばぬ先の“業務設計” — 中高年人材の転倒労災を防ぐ、フレイル予防という新常識

【1. 導入】「ヒヤリハット」で終わらせていませんか?

職場で、ベテラン従業員が何もない場所でつまずきそうになったり、重い物を持ち上げる際に腰が引けていたり…そんな光景に「ヒヤリ」とした経験はありませんか?

「もう若くないから」「本人の不注意」で片付けられがちなこれらの些細な出来事は、実は休業や離職に繋がる重大な労働災害の予兆です。

厚生労働省の労働災害統計によると、休業4日以上の死傷災害のうち「転倒」は最も多く、特に60歳以上の労働者ではその割合がさらに高まっています。これは単なる安全衛生の問題ではなく、長年培われた熟練技能の喪失やチーム全体の生産性低下に直結する、経営者が取り組むべき**「予防経営」**の課題なのです。

本記事では、転倒の根本原因である「**フレイル**(心身の脆弱性)」に焦点を当て、なぜフレイル対策がこれからの企業にとって必須の“業務設計”なのかを、具体的な実践方法を交えて解説します。

【2. リスクの正体】なぜ「フレイル」が“職場の機能リスク”なのか?

フレイルとは、単なる「加齢による衰え」ではありません。「ストレスに対する抵抗力が弱まり、心身の機能が低下した状態」を指し、適切な対策によって回復が可能な“可逆性”を持つのが特徴です。

私たちはこのフレイルを、医療・介護の文脈だけでなく、「作業遂行能力の低下」や「危険察知・回避能力の低下」といった、企業経営に直結する**“職場の機能リスク”**として捉えるべきだと考えています。

フレイルが引き起こす3つの連鎖リスク

1. 転倒・作業災害リスク:下肢筋力とバランス能力の低下は、製造現場だけでなく、静かなオフィス内での転倒事故にも直結します。

2. 休業・離職リスク:一度の転倒による骨折が長期休業を招き、そのまま職場復帰が困難になることで、貴重な熟練人材を失う原因となります。

3. 生産性低下リスク(プレゼンティーズム):「転ぶのが怖い」という無意識の不安が、従業員の行動を消極的にさせ、作業スピードや判断力を鈍らせる「見えないコスト」になるのです。

【3. なぜ従来の安全対策だけでは不十分なのか?】

もちろん、「手すりの設置」「段差の解消」「注意喚起の張り紙」といった環境整備(外的要因への対策)は非常に重要です。しかし、それだけでは防ぎきれない事故が増えているのが現実です。

真の予防経営とは、事故の原因を従業員の身体機能(内的要因)にまで踏み込んで捉えること。つまり、危険な環境を減らすだけでなく、「多少危険な環境でも転ばない身体機能」を組織として維持・向上させることが求められます。

これは、従来の「安全衛生」に「健康経営」の視点を組み込むことに他なりません。身体機能の維持はもはや本人の努力任せではなく、企業が積極的に関与すべき「投資」なのです。

【4. 解決策】「転ばぬ先の“業務設計”」2つのアプローチ

特別な運動時間を設けるのではなく、「いつもの業務の一部」として無理なく継続できる仕組み(業務設計)こそが、成功の鍵です。

アプローチ①:始業前・休憩中の「ロコモ・ルーチン」

下肢筋力とバランス能力の維持・向上を目的とした、短時間でできる習慣です。

  • 朝礼やKY(危険予知)活動の際、その場で軽くスクワットを3〜5回行う。
  • ラジオ体操に、かかと上げもも上げの動作を意識的に追加・強調する。
  • 休憩室に「バランス能力チェックシート」を掲示し、ゲーム感覚で試せる環境を作る。

アプローチ②:作業中の「ながらフレイル予防」

長時間同じ姿勢でいることによる機能低下を防ぎます。重要なのは、これらの行動を個人の裁量に任せるのではなく、職場の推奨事項として共有し、上司が率先して行う文化を醸成することです。

【デスクワーカー向け例】

  • 座ったまま、つま先&かかとを交互に上げ下げする。
  • 昼食後の歯磨き中に、壁に手をつきながら30秒間の片足立ち。

【立ち仕事の現場向け例】

  • 手元での作業中、その場でゆっくり「もも上げ足踏み」をする。
  • 小休憩の際に、壁を使ってアキレス腱を伸ばす。

【5. 結論】フレイル予防は、企業の未来とベテラン人材を守る「戦略的投資」です

従業員のフレイル予防は、福利厚生や社会貢献という側面だけではありません。労災を未然に防ぎ、生産性を維持し、そして何よりも企業にとって最も貴重な財産である「熟練従業員の経験とスキル」を守るための、ROI(投資対効果)の高い「戦略的投資」です。「何から始めればいいかわからない」という担当者様は、まず専門家の知識をご活用ください。

企業の転倒・労災リスクを減らす第一歩

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【主な情報源】
・厚生労働省「労働災害発生状況」「転倒予防・腰痛予防のポイント」
・一般社団法人 日本老年医学会「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」