従業員のキャリア形成において、今、見過ごせない課題があります。それが「不妊治療と仕事の両立」です。
「個人的な問題」と捉えられがちなこの課題ですが、経済産業省の最新の試算によると、不妊治療による経済損失(治療費、労働損失、離職による損失)は最大で年間1.4兆円にものぼる可能性が示唆されています。これは、企業の持続的な成長にとって無視できない、重要な経営課題なのです。
なぜ経験を積んだ貴重な人材が、治療を理由にキャリアを諦めざるを得ないのか。この記事では、データに基づきながら、従業員が直面する「両立の壁」の実態と、企業が今すぐ取り組むべき具体的な支援策について、深く掘り下げて解説します。
離職という苦渋の決断の背景には、治療そのものの身体的・精神的な負担だけではなく、職場で直面する様々な「壁」があります。
不妊治療は、ホルモンの状態によって通院日が突然決まるなど、スケジュールを立てることが極めて困難です。1回の診察に半日以上かかることも珍しくなく、心身ともに大きな負担がかかります。しかし、多くの職場では「頻繁に休むのは申し訳ない」「また休むのか、と思われていないか」という強いプレッシャーが存在します。この、仕事への責任感と治療の必要性との板挟みが、従業員を精神的に追い詰める最大の要因の一つです。
不妊治療は極めてプライベートな問題であり、上司や同僚に打ち明けられずに一人で抱え込むケースがほとんどです。「治療のことを話したら、重要な仕事から外されるかもしれない」「昇進に影響するのではないか」といったキャリアへの不安が、相談をためらわせます。誰にも頼れず、治療の辛さと仕事の責任を一人で背負う孤独感が、結果として「辞めるしかない」という決断に繋がってしまうのです。
悪気のない一言が、当事者を深く傷つけることがあります。「まだ子どもは作らないの?」といった言葉はもちろん、「不妊治療は女性だけの問題」という誤解も根強く残っています。こうした無理解な言動や雰囲気は、当事者にとって大きなストレスとなり、職場に居場所がないと感じさせてしまいます。
従業員が安心して治療と仕事を両立できる環境は、企業の工夫次第で作ることができます。重要なのは、「制度」「環境」「風土」の3つをセットで整備することです。
突発的な通院に対応するためには、画一的な休暇制度だけでは不十分です。従業員が状況に応じて働き方を選べる選択肢を提供することが鍵となります。
従業員が一人で抱え込まないためには、プライバシーに配慮した相談窓口が不可欠です。人事担当者や産業医が対応するだけでなく、守秘義務が徹底された外部の専門機関(EAP:従業員支援プログラム)と連携するのも非常に有効です。匿名で専門家に相談できる場があるというだけで、従業員の精神的な支えとなります。
制度や環境を整えても、職場の無理解があれば意味がありません。最も重要なのは、組織全体でリテラシーを高めることです。男女問わず全従業員、特に管理職を対象に、不妊治療の現状や当事者の心理について学ぶセミナーなどを実施しましょう。「大変な時はお互い様」という文化を育むことが、多様な人材が長期的に活躍し続けられる、真に強い組織の土台となります。
不妊治療への支援は、福利厚生という枠を超えた、企業の未来への投資です。
従業員一人ひとりのライフステージの変化に寄り添い、誰もが働きやすい職場を構築するという企業の姿勢は、従業員のエンゲージメントを高め、採用競争においても大きな強みとなります。
ウェルネスドアは、専門家によるリテラシー向上セミナーや、相談窓口の設置支援を通じて、貴社の組織づくりをサポートします。
【主な情報源】
・経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」